ゲバ字を習う話 -remastered-

この記事はKumano dorm. Advent Calendar 2020 - Adventarの1日目として書いた記事である,ゲバ字を習う話 - dkrqr’s blogを少し修正したものです。 *1
君は「ゲバ字」を知っているか?
熊野寮内ではいたるところに貼ってある古いボテッカー*2の一部にも見ることができるが,多くの人には聞きなじみのない言葉だろう。
知らない人のために少し説明しておくと,「ゲバ字」とは学生運動で用いられた字のことで,「ゲバ文字」とも言われたりもする。ゲバ字の「ゲバ」はドイツ語で暴力という意味の「ゲバルト(Gewalt)」から来ている。筆跡から個人を特定されないように特徴的な書き方になっていると言われている。

ゲバ字には独特の存在感,強さがある。 書いてみたいなぁと漠然と思っていた。
僕の住む熊野寮にはゲバ字を書ける人がいるじゃないか。 教わりに行こう。かっこいい字を書けるようになろう。
ゲバ字って何?
ゲバ字を書ける寮生(Tさん)*3に「アドベントカレンダーの記事にしたいんでゲバ字教えてください」と頼んでみると,二つ返事で受けてくださった。
段ボールにいっぱいの70年代前後のビラやレジュメと中核派*4のヘルメットを資料として持ってきていただいた。 書く前にゲバ字についての説明をしていただく。 (以下カギカッコはTさんの発言です)
「ガリ版刷り*5のビラで書く文字と,立て看板とか旗とかメットとかそういうでっかいもんに書く文字と,大きく分けると2つあるんかなぁという。 例えばメットだとこんな感じでマジックでべたっと塗りつぶしになるわけ。 書いた人によって上手い下手はあるけど(笑)」


「(大きなものに書く字とガリ版刷りの紙に書く字の)両者とも似通ったところもあるんだけど,ガリ版刷りの方は鉄筆でガリガリやるわけで。
大きい字を書こうとすると細い線をいくつも重ねるからこういう風に(字画の端から)線が出るわけよね」

「そこからもう少し時代が下って,ガリ版刷りから印刷機かなんかに代わるとこんな感じで太い字はマジックで塗りつぶしたような字になってくる。」(写真を撮り忘れました。ページ一番上の僕が書いた字が近いです)
当時は実用のために書かれていた文字なのだから技術の変化によって字体が変わるのも納得である。 ひとくちにゲバ字といっていたが,時代や用途で種類があったとは。 世界には知らないこと,知らないと見えないものがたくさんある。
そして,さらに細かい分類があることを知る。
全部同じじゃないですか⁉
「党派にによっても字が違うっていう話もあって,これはyoutubeの動画を見てもらうのがいいんだけど」
おもむろにyoutubeを検索し始めるTさん。 まずは中核派のゲバ字から見せてくれるそうだ。
【京大映画ニュース】(1986年1月20日)教養部で内ゲバ殺人 - YouTube
いや,タイトルが物騒過ぎないか? 34年前にキャンパス内で殺人*7があったのか。 その話を掘り下げたい気持ちをぐっと抑えて,ゲバ字について教えてもらおう……

(https://youtu.be/DUtDf3rHdacをスクリーンショット)
「中核派のゲバ字はどういうところに気を付けるかというと,『読みやすく』『力強く』ですね。 基本はゴシック体で,ゴシック体やけど太くて角をとがらせているというのが特徴。」

(https://youtu.be/DUtDf3rHdacをスクリーンショット)
「立て看板ってあんまり丁寧に書かへんっていうのがあったんですよ。 なんでかって言うとどうせすぐぶち壊されるから。だから手早く書く。 職人はそれでも上手くかけるけど,職人じゃないとこんな風にそんなに上手くないという感じ。」
今は大学当局に撤去される*8けれど,昔は昔で意見対立する学生同士が壊しあっていたのか。立て看はいつも短命だ。 ちなみに,昔の立て看は字の太さに切ったスポンジで書いていたらしい。 最近の立て看は字だけではなく絵も描かれるようになっていて,筆やハケが使われるようになっているので,そこにも時代の変化を感じる。
「ほかにも,例えば解放派だったらこんな感じやね。さっきとちゃうやろ」
Zengakuren 1993 (6-7) - YouTube

(https://youtu.be/1N6rjnoaxxsをスクリーンショット)
「こっちは革マル。割と普通の文字やけど,角とがらせ気味で縦画よりも横画を太くして強調したりしてる。」
Zengakuren 1993 (5-7) - YouTube

(https://youtu.be/YvoZ8HueiLIをスクリーンショット)
「党派によって系列化されているっていう風にも言われるけど,でもそこまでそういう感じでもなくって。 立て看職人がいて,その技術が党派内で継承されていくから党派内で似通ってくるのではないかという説もあったりする。」
Joセ讠N讠S??
何と読むでしょう?(あとで出てきます)
「あと略字の話もしたほうがいいかな。 略字も党派によって色々あるんですよ。 中核派の人は基本的に読みやすくが一番だから,(立て看などでは)略字はあまり使わない。 でも,ガリ版刷りの時はごちゃごちゃしたちっちゃい字は大変だから使ってた。 あとオシャレを意識して,見やすくするために略字を使う人たちもいて,京大の赤ヘル*10の立て看は略字が使われまくってたらしい。 略しまくっててむしろ読めんかったらしい(笑)」
「略字にもいろいろ種類があって,一つは中国の簡体字を基本にしたやつで」

「あとそれから漢字だけじゃなくて他にもね。書いてみるとこんなんとか」

①は寮内でよく見るし,僕も使うから簡単に読める。
②は全く分からない。Mに○?エ゜ム゜???ミ゜ッ(死)
③に至っては1文字ずつに分解することすらままならない。後ろのNとSの入ったそれはなんなんだ。
分からな過ぎて大喜利的な回答すらできない。
「答えを言うとね,①は「熊野寮」。 ②は『学生運動』で,"M"に"o"が重ねてあって,つまりはMovementで『運動』やねん。これはビラとかを探せば絶対出てくるくらい結構使われてるはず」
英語にして頭の2文字を取った後,重ねて一文字にするのは反則だろう。 あまりに予想外のところから正解が出てきたので声を出して笑ってしまった。 人は意味の分からなさがあるラインを超えると笑ってしまう。
「③はビラに書くというよりかは活動家の速記の方によく出てくるんやけど『情勢認識』やねん。前半はそのままやけど,後半は要は,簡体字のごんべん(讠)に読みのアルファベットを組み合わせてる。 こういうふうに漢字とアルファベットを組み合わせた文字は立て看にはあまり書かないけど,ガリ版刷りのビラなんかには書く人にもよるけどよく出てきたりする。」
こちらは字面の意味不明さの割に納得のいく説明をされてしまったので「はぁなるほど」とその時は感心してしまった。 今思うと前半は『情』がアルファベットで『勢』はカタカナでやはり意味不明なのだが,②の納得いかなさからの落差と後半2文字の納得具合で丸め込まれてしまった。
実践へ
「あとはもう実践しかないんで,どういう言葉を書くか決めて書くところまでやっていくしかないんじゃないでしょうか!」
初めは資料の字を写して練習するのがいい(Tさんも手本を写して練習して書けるようになったらしい)とのことで,用意してくださった資料から書きたいところを探してみる。


何枚もビラやレジュメを見ていると,ゲバ字は『学』と『大』の字がふつうの書き方とかなり違うことが分かる。
何度も文章に出てくるので特徴的な字になっていったのだろうか。
『学』と『大』が入っている言葉を書こうと決め,見つけたのが『文学部学生大会』。

太い字は,まず1本の線で骨格を作ってから,太く肉付けしていくと書きやすいというアドバイスをいただいた。 書き方のポイントとしては,四角のマスいっぱいに埋め尽くすようなイメージで書くことと「口」は下が広い台形になるように書くことを意識するとそれっぽくなるそうだ。 それらを意識しながら書いてみたが...

Tさんは「最終的には自分で(お手本を見ずに)書けるようにならなあかんから,自分の独自色を出していけばいいんじゃないでしょうか?」とフォローしてくださったが,字の形も線の太さも字の幅も全部違う。 小中高と美術の成績は芳しくなかったが,レタリングは好きだったし得意だと思っていたのになぁ。
太い字はやはり難しいので,その元となる細い字をマス目を描いて練習してみようとおっしゃるので、その場で練習用のマス目を描く。 即席のゲバ字練習帳にマス目いっぱいに埋め尽くすように書くことと『口』を大きく台形に書くことを意識しながらお手本のアジビラを写していく。 特に,マス目を埋め尽くすことは何度も口酸っぱく言われた。

書いていくうちに,ひらがなカタカナが特に変わった字体で書かれているということや,漢字は下のパーツほど大きく書かれることが多いこと,マス目の角の近くの画は隅を埋めるために少し小さく書かれることなどに気づいた。
この写真の後も練習を続けていると,通りかかった知り合いの寮生にすげーと言われるくらいには(手本を見ながらではあるが)書けるようになってきた。 僕にとっては初めに思っていたよりは難しかったが,おそらく字がうまい人や美術的なセンスがある人なら割とすぐに書けるようになるだろう。 *11 これでいつ70年代に飛ばされても大丈夫になった。
そうして最後に書いたのが,冒頭の「ゲバ字」という字である。

おしまい。

*1:ゲバ字を習う話 - dkrqr’s blogはデイリーポータルZの投稿企画「自由ポータルZ」に入選(滋賀県ドーナツ・ゲバ字を習う~自由ポータルZ :: デイリーポータルZ)し,このブログ内では断トツのPV数を稼ぎました。 「ゲバ字」でググるとまあまあ上位に来るし,ゲバ字に関する情報源として重要なものになっていそうなのですが,久しぶりに読み返すととても読みにくく,書き直すべきだなぁと感じていたので,自由ポータルZの評を参考に修正を加えました。
*2:壁に貼ってあるビラ。古いものは政治的主張のものが糊付け(!)されている。最近は業務連絡的な内容のものが多く,大抵コピー用紙にマジックで書いたものが養生テープで無造作に貼り付けられている。
*3:10年以上住んでいるらしい超ベテラン寮生。いつも白衣を着てキティちゃんのサンダルを履いている
*4:新左翼のセクトの一つ。革命的共産主義者同盟全国委員会の通称。寮内にいたりいなかったりする
*5:知らない人はググってください。寮にガリ版刷りの機械があるのを教えてもらったのでいつか使ってみたい。
*6:日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派のこと。中核派とは対立関係にある。
*7:現場のA号館は今の京都大学吉田南総合館北棟(通称:共北)のあるところにあった建物。亡くなった方の遺品のピアノが熊野寮にある
*8:京都大学当局は学生や教職員との一切の交渉なく京都大学立看板規程を制定し,2018年5月1日より大学構内及びキャンパス周辺の立て看板を撤去している。
*9:https://dic.pixiv.net/a/%E5%85%A8%E9%83%A8%E5%90%8C%E3%81%98%E3%81%98%E3%82%83%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%A7%E3%81%99%E3%81%8B
年賀状
会社から出たときに日が沈んで真っ暗になっていることが多くなりました。 日が沈んでからの冷え方も日ごとに強くなっている気がします。 ついに長袖のパジャマを出してしまいました。 日が短くなり、寒くなっていくのは憂鬱です。
さらに寒くなっていく12月、1月のことを考えていると、久しぶりに年賀状を書きたくなりました。 年賀状を書くのは数年ぶり、もしかしたら10年以上ぶりかもしれません。
とはいえ売っている年賀状を買うのは癪なので、部屋に飾ったり閉まったままにされたりしているポストカードを年賀状として出そうと考えました。 ポストカードって美術館、イベント、観光地、おしゃれなお店などいろんなところにありますが、どこに飾ればいいかなとか悩んで買うのを躊躇してしまいます。 年賀状として出すことが恒例になれば、躊躇なくポストカードを買うことができるようになって楽しくなりそうす。
年賀状に書く内容は、
- 送り相手へのメッセージ
- いわゆる年賀状に書くもの
- ポストカードの説明?生い立ち?
- 僕がそのポストカードを手に入れた経緯・思い出
- 手に入れてからどうなっていたか
の2つにしようかなと考えています。 毎年きちんと年賀状を出していた小学生の僕は送る相手ごとに書く内容を考えることを嫌がっていました。 そこを年賀状の醍醐味として楽しむことも、自分の書いた年賀状の中身をすべて知っているのは自分だけなので全員に同じ内容を書けばいいという風に割り切ることも難しかったです。 そしてその性質は今もあまり変わらない気がしています。 ポストカード自体の説明を入れることで各年賀状の唯一性みたいなものを担保して、メッセージ部分を考えることの負荷を下げようという意図があります。
などとごちゃごちゃ考えていますが、年賀状にとって最も重要な送り相手がいません。 小学校の頃の友人の住所は知っていますが、10年以上会っていない人間から知らん画家の絵が刷られた葉書が実家に届いても困惑するだけですし。 ですので、このブログを読んでそういう年賀状を受け取ってもいいよと考えるような奇特な人がいらっしゃいましたら、TwitterなりLINEなり任意の方法で僕に連絡を取っていただけると非常にうれしいです。 返せないけど年賀状を受け取るだけならとかでも大丈夫です。
就職後の振り返り(2022年末)
久しぶりに下書きを覗いてみると2022年末に書いていたらしい記事を見つけました。
当時の僕は4月から12月まで振り返ろうとして10月で力尽きたまま公開するタイミングを失ってしまったようです。
しかし、2年も経てば途中までだったこととかもうどうでもよくなっているのでそのまま公開します。
最後の数字なんなんやろね。
大学を出て、関西を離れて、仕事を始めて、約9か月が経った。
振り返ったり、反省したりすべきよい機会だと思うので、振り返ったり反省したりしてみようと思う。
ぼんやりと振り返り
とりあえず時系列で振り返ってみる。
4月は東京にいた。
楽しかった。
先に就職した高校時代の友人と会ったり、ピクニック(笑)をしたりした。
大学の友人のシェアハウスに遊びに行ったりもした。
本当に楽しかった。
一人でいても、いろいろなものがすぐ近くにあるだけで楽しい。
フルリモートの全社研修が17時過ぎに終わっても、そこからどこかに行けた。
4月の末に勤務する工場のある三重県に連れてこられた。 実際は自分で新幹線に乗っててやってきたんですが。 僕は「連れてこられた」という気持ちを強く感じていた。 不動産屋から車に乗せられて、車だけどこかに行っちゃったからかもしれない。 会社の手配した、知らないアパートの一室に取り残された。
僕より先に運び込まれていた段ボールを開ける。
ガス会社が来る。プロパンガス。
少しずつ住める状態にしていく。
夜になる。
空腹に気が付く。
近くのスーパーを調べる。マックスバリュと謎のローカルスーパー。
さすがにマックスバリュ。
外に出る。雨。街灯はまばら。ヘッドライトが照らす雨粒。徒歩10分弱。永遠に感じる。
広すぎるスーパーの駐車場。迫ってくる雑草。「大雨時この駐車場は冠水することがあります」
これから住まないといけない場所との最悪の出会い。
ゴールデンウィーク。
大阪に帰る。安心感。
京都に帰る。安心感。
大阪に残していた荷物をアパートに運ぶのを友達に手伝ってもらって、家具選びにも付き合ってもらって、少しだけ部屋が明るくなった気がした。
ゴールデンウィークが明けると部署での研修が始まった。
まずは同じ部署の同期と6人での顔合わせ。
最初はいけすかんなぁと思うやつもいたが、数日で意外とおもろいやつやと分かった。
2か月に1回くらいは飲みに行ったりもする。
はじめの1週間くらいで社内のルールとかシステムの触り方とかを教えてもらったあとは、9月末まで2~4週間ごとにテーマが設定された研修が始まった。 実務で使う要素技術を体験するみたいなことが目的っぽかった。 一部のテーマはちょっと興味があったけどこれまでしなかったことだったりしたので、それなりに楽しかった。 一方で、これを実業務でやっていくのはしんどいなぁと思うものもあった。
9月半ばくらいに面談があって、研修の感想とかどういう仕事したいかとかを聞かれた。 細かいところは忘れたけど、苦手だなぁと思った研修内容の仕事はあまりやりたくないですねみたいな話はした。
9月末、部署内での配属の発表があった。 苦手って言った内容のところだった。よくわからん。 君は心配性なだけだからみたいなこと言われたけど、やっぱりよくわからんかった。 ほな安心できるとこに入れてくれたらええんちゃうんか?
10月から配属されて実業務が始まった。 配属先は6、7人のチームで、僕にはチームリーダーがメンターとしてつくことになっていた。 配属初日、新しい自席に向かったがメンターさんはいなかった。 同じチームっぽい近くの人に聞いてみると有休らしく、特に何かしておいてほしいみたいな指示もないらしい。 有休は取ればいいと思うけど、 やりたくないなと思っていた内容な上に、研修中に一切かかわったことのない人ばっかりのチームで慣れない環境なので本当にしんどかった。
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